原因?現象?一緒?
みなさん、お久しぶり!!(って、先にひとつTopicを出しちゃいましたが・・・・・)
なんだか、ちょっとの間、怠けちゃいました。
というか、年末年始はアメリカの家族と一緒に過ごすので、渡米のために12月上旬はやけに忙しかったんだよ。
ヘッドアップと重心についてのコメントもいくつかもらってたのに、返事を書けなかったな。
ごめんなさい。
さて、まずは久しぶりの新しいトピック。
「原因」と「現象」についてだよ。
「原因」って言うのは「ある結果を生じること」、a causeだよね。
で、「現象」って言うのは、「現れた形」、a phenomenonだよ。
もちろん、普通の生活の中ではこの2つを混同することなんか無いと思うけど、
ゴルフにおいては、メディアも、一般ゴルファーの多くも、この2つを完全に混同してるんだよな。
(そういえば、ゴルファーはいろんなことを気づかずに混同してるよな・・・・
強いと早い大きい、弱いとゆっくり小さいもその例だな)
例えば、前のトピックのヘッドアップ。
ミスショットをすると、結構な頻度で同伴プレーヤーから、「今のはヘッドアップしたからだよ」なんて、
わかったようなふりをした『ミスの原因』を指摘されることがあるよね。
「トップが決まればショットは決まる」
なんていうのもあるよね。
これも暗にトップさえできれば、ショットはできたも同じ、
つまり、トップを作ることが良いショットを作り出す原因となるというstatementだよな。
まだまだあるよ。
ラウンドでショットがスライスになってしまうと・・・・
「フェースが開いたからだよ」とか、「カットに入ったからだよ」みたいなコメントをしたり顔で言う輩が居る。
そうかと思うと、あらゆるミスショットの場面で・・・・
「ボールを見てなかったか上手く当たらなかったんだよ」とか、
「早打ちだったよ」なんてコメントが大手を振ってまかり通る。
「力を抜いて、リラックスしてスウィングしてみなよ」なんて、
ずいぶん無責任なサポートをいただくこともしばしばだよね。
もちろん、このBlogを読んでくれている人の中には、こんなコメントに耳を傾ける人は・・・・
まさか・・・・えーっ、居るの・・・・・? 居ないよね?
もし、頭では分かっていても、実際のラウンドではついついコメントが気になっちゃう
って言うのも含めて、これまでの習慣から抜け切れていないってことだよね。
なんで、こんなことになっちゃたんだろうな。
コーイチローはしばしば考えることがあるけど、人間って結構すり込みに弱いんだなってこと。
普段の生活や仕事では、結構ロジカルな判断をしている人でさえも、
ゴルフになると、平気でまったくロジカルでないstatementを鵜呑みにしちゃうんだよな。
まあ、「どーしてこーなっちゃたんだろー?」と考えてみても、
「結構長いこと、どーでもいいことを信じ込んできちゃったな・・・・」なんて、後悔してみても
何が変わるわけでもないから、そんなことはやめといてもっと建設的なことを考えようか。
そもそも、「現象」ってやつは何かの結果として起こったことだから、現象をいろいろ知ったところで
何の解決にもならないんだな。
でも、殆どのレッスン書では、ゴルフスウィングの結果起こる
さまざまな「現象」を『原因』として取り扱うんだよな。
で、読み手はいつもの鵜呑みだよ。
まあ、ゴルファーだけでなく、ゴルフレッスン書の編集者もこの2つの違いについてなんか気にもかけてないから、
いつまでたっても、『原因』という名の「現象」が一人歩きをする。
本当の問題は、
ひとつの要因を「原因」として、多くの「現象」が引き起こされる
って言うことなんだよな。
つまり、
良くない現象をどれだけ把握しようが、良い現象をどれだけ知っていようが、
本当の原因を、
それも、
良いことを実現するための原因を自分自身が意図的に実行できなくっちゃ
意味無いんだよ。
レッスンメディアの親切心=1対1の呼応で、一つ一つの『原因』をシンプルに写真の形で説明する。
ってことだよな。
これにすっかりやられちゃってるんだよな。
コーイチローはきっと親切心でやってるんだろうなぁーって信じてるけど、これが業種が異なれば訴訟にも
なりかねないことだよな。
因果関係が確立されていないのに、効能を書いちゃまずいもんな・・・・でしょ?
統計学的に言うと、原因、つまり因果関係を確立するって言うのは、すっごく大変なプロセスなんだよ。
ひとつの事象に対して、何万、何十万って言うサンプルを集めて、その中で A という要因と B という現象の
相関関係を調べて、その確率が極めて高くないと「因果関係があると考えられる」と
言うことさえもできないんだよな。
そうした意味じゃあ、コーイチローはバックグラウンドが科学者で、それも第2専門分野のひとつが統計学だから、A が B の原因だって言うのを、かなりの確からしさがないと言わないんだよな。
もちろん、「~理論」って言うことにしてもそうだよな。
デジタル大辞林
( http://dictionary.infoseek.ne.jp/word/%E7%90%86%E8%AB%96?dic=daijisen )
の「理論」の定義を調べてみると」・・・・
「個々の現象を法則的、統一的に説明できるように
筋道を立てて組み立てられた知識の体系。
また、実践に対応する純粋な論理的知識。」
「~を組み立てる」「~どおりにはいかない」
ってことなんだってさ。
素っ晴らしい定義だよね。
キーワードは・・・・
ある意味、全てだね。
強いて言えば・・・・
法則的かつ統一的
筋道
知識の体系
実践に対応する
かな。
第一に法則的かつ統一的ってことは、1対1の呼応じゃ理論って呼べないってことだよな。
そもそも、個々の現象を単に羅列していることを「理論」って呼ぶこと自体があり得ないってことだよな。
でも、問題はそんなことには留まらないってことなんだよ。
これまで多くのゴルファーが1対1の呼応、つまり、見開き2ページ1項目の写真に現れた形の
説明の羅列でゴルフを習得しようとしてきてるから、
自分自身がゴルフをどう捕らえ、どう発展させてゆくのか?
ってことに、あまりにも無頓着でいることなんだ。
レッスン書に忠実になればなるほど、上達しない、混沌とするということが起こるんだ。
そして、一つ一つの項目があまりにも単純明快でわかりやすいから、やけに覚えてるんだよな。
「上手く当たらなかった」=「ボールを良くみてなかった」
だから、ミスショットの後は、
「しっかりボールを見よう」
ってことになる。
まあ、これくらいは多くのゴルファーが覚えてられるからね。
では、どれだけのゴルファーが真剣に「ボールをよく見る」ことが
「上手く打つ」ことの「原因」になっているかを、
自分自身で検証したことがあるかどうかってこと。
つまり、「ボールを良くみることで上手く打てる」っていうレッスンが、
真に意義のあることかどうかを考えたことが無いってことなんだよね。
レッスン書にはそうした問題が山積なんだよね。
一つ一つの項目は、写真と写真に形として現れた現象の説明に終始してるから、
「なるほどぉー」って簡単に納得で来ちゃうんだよな。
犯罪じゃないかってなほどに分かりやすい。
あまりにもわかりやすく、あまりにも簡単に覚えられるから、
それが100にも、200にもになったとしても、
簡単に何かができるって気持ちになっちゃうんだよね、きっと。
それに、殆ど全てが時系列、つまり、事の起こる順番で説明されているから、
その順番で覚えることになっちゃう。
そして、一つ一つの項目は独立してるから、実行するときも独立性を保っちゃうんだよね。
グリップのV字は云々。
アドレスの時の方向の決め方、
足の向き、
加重の置き方、
各部分の角度、などなど。
目線はどうこうして
続く・・・・ってなもんだ。
で、実際の目的が何にあって、その目的を遂行するために何をするのか?
なんてことは気にもしない。
でも、レッスン書の表現方法は、本質を理解することに役立つか、
上達することに寄与するかなんてことは関係なく、
わかり易くて、覚えやすい。
だから、飛びつく。
でも、結果は出せない。
気がついてみると、ちゃんとやればやるほど、わけわかんなくなってくる。
それで、わけわかんなくなったことの問題解決も同じ知識体系(と呼べるかどうかも定かでないが・・・・
というか、明らかに知識体系ではないな・・・・)でやろうとするから、問題解決できない。
なぜなら、そもそもの『知識体系』に問題が存在するんだからね。
「見た目のわかりやすさ≠全体の高効率化」
だよな。
全体像をシンプルに、高効率化するための理論体系の実現が、簡単なんじゃないんだよな。
ゴルフを取り巻くさまざまな要素を最初に考察して、それらを過不足なく
「法則的、統一的に説明できるように筋道を立てて組み立てる」事ができないと
いけないんだよね。
さて、これまでのゴルフレッスン書の中で、こうした考え方を提供してきたものが果たしてあったかな?
コーイチローが知る限り、存在しないんだよね。
いくつかの理由が考えられるんだけど・・・・
1).知識そのものが欠如していること。
2).レッスン書の構成がほぼ確立されてしまっていることと、
3).その枠から離れる能力を持ったものが存在しないこと。
4).そもそも作り手が、レッスン書を教科書として考えていず、売れればいいと考えていること。
5).読み手が、何の疑問も感じず、鵜呑みにしてしまっていること。
多くの生徒さんが、「これまでの考えを全て捨て、新たな気持ちで望みます」って言って
レッスンに望んでくれるんだけど、どこかの形をちょこっと弄れば何かが大きく変わるって思っている自分が
これまでのレッスン書そのものだってことに気づいてないんだよね。
例えば、食生活を変えるとか、生活習慣を変えるって結構大変なことだよね。
ゴルフスウィングを変える、ゴルフそのものを変えるって言うことも、同じように大変なんだよ。
ゴルフだけが、特別じゃないんだよ。
人間の行動は脳が司ってるんだから、その脳の機能を考慮しないで何をやっても結果は引き出せないんだよね。
実際、ゴルフのスウィングの動きを正しいものにするって言うことの、テクニカルな部分はとってもシンプル。
シンプルって言うよりも、殆どのゴルファーにとっては、これまでゴルフで強要されてきた事に比べて、
明らかに人間らしく、殆どの人がすでに持っているパターンなんだよね。
なのに、多くのゴルファーがなかなか正しい動きを習得することができないんだよね。
原因は明らかにわかっているんだけどね。
頭ではわかっている、口では一からやり直すなんて言っていても、結局これまでの自分が
ゴルフとしてやってきた礎を捨てる、あるいは、自分にとってのゴルフの基準、
もっと言ってしまえば、上手く打てそうな
(本当にそれが上手く打つことに繋がっているのかどうかなんていう
客観的な検証はまったく関係なく)
気持ちを捨てることができないからなんだよね。
ということで、2012年は、単に打ち方を変えようなんて気持ちではなく、しっかりと考えをもう一度
整理して、それを自分自身がきちんとコントロールできるようになるために、何をどうやって作り上げて
行くことが大切なのかをちゃんとやろうよ。
やり方次第で、受け取り方次第で、「えーっ、こんなに簡単でいいの?」って感じるようなゴルフに
できるはずなんだよ。
何が必要で何が不必要(というか邪魔者)なのかをしっかりと把握して、必要なこと意外を考えたり
無意識に実行してしまう自分と戦うことが大切なんだよ。
ということで、2012年もコーイチローはそれを皆に対してきちんと提供して行くから、理解できないこと、
疑問に感じることをそのままほったらかしにしないで、質問してよね。
コーイチロー
なんだか、ちょっとの間、怠けちゃいました。
というか、年末年始はアメリカの家族と一緒に過ごすので、渡米のために12月上旬はやけに忙しかったんだよ。
ヘッドアップと重心についてのコメントもいくつかもらってたのに、返事を書けなかったな。
ごめんなさい。
さて、まずは久しぶりの新しいトピック。
「原因」と「現象」についてだよ。
「原因」って言うのは「ある結果を生じること」、a causeだよね。
で、「現象」って言うのは、「現れた形」、a phenomenonだよ。
もちろん、普通の生活の中ではこの2つを混同することなんか無いと思うけど、
ゴルフにおいては、メディアも、一般ゴルファーの多くも、この2つを完全に混同してるんだよな。
(そういえば、ゴルファーはいろんなことを気づかずに混同してるよな・・・・
強いと早い大きい、弱いとゆっくり小さいもその例だな)
例えば、前のトピックのヘッドアップ。
ミスショットをすると、結構な頻度で同伴プレーヤーから、「今のはヘッドアップしたからだよ」なんて、
わかったようなふりをした『ミスの原因』を指摘されることがあるよね。
「トップが決まればショットは決まる」
なんていうのもあるよね。
これも暗にトップさえできれば、ショットはできたも同じ、
つまり、トップを作ることが良いショットを作り出す原因となるというstatementだよな。
まだまだあるよ。
ラウンドでショットがスライスになってしまうと・・・・
「フェースが開いたからだよ」とか、「カットに入ったからだよ」みたいなコメントをしたり顔で言う輩が居る。
そうかと思うと、あらゆるミスショットの場面で・・・・
「ボールを見てなかったか上手く当たらなかったんだよ」とか、
「早打ちだったよ」なんてコメントが大手を振ってまかり通る。
「力を抜いて、リラックスしてスウィングしてみなよ」なんて、
ずいぶん無責任なサポートをいただくこともしばしばだよね。
もちろん、このBlogを読んでくれている人の中には、こんなコメントに耳を傾ける人は・・・・
まさか・・・・えーっ、居るの・・・・・? 居ないよね?
もし、頭では分かっていても、実際のラウンドではついついコメントが気になっちゃう
って言うのも含めて、これまでの習慣から抜け切れていないってことだよね。
なんで、こんなことになっちゃたんだろうな。
コーイチローはしばしば考えることがあるけど、人間って結構すり込みに弱いんだなってこと。
普段の生活や仕事では、結構ロジカルな判断をしている人でさえも、
ゴルフになると、平気でまったくロジカルでないstatementを鵜呑みにしちゃうんだよな。
まあ、「どーしてこーなっちゃたんだろー?」と考えてみても、
「結構長いこと、どーでもいいことを信じ込んできちゃったな・・・・」なんて、後悔してみても
何が変わるわけでもないから、そんなことはやめといてもっと建設的なことを考えようか。
そもそも、「現象」ってやつは何かの結果として起こったことだから、現象をいろいろ知ったところで
何の解決にもならないんだな。
でも、殆どのレッスン書では、ゴルフスウィングの結果起こる
さまざまな「現象」を『原因』として取り扱うんだよな。
で、読み手はいつもの鵜呑みだよ。
まあ、ゴルファーだけでなく、ゴルフレッスン書の編集者もこの2つの違いについてなんか気にもかけてないから、
いつまでたっても、『原因』という名の「現象」が一人歩きをする。
本当の問題は、
ひとつの要因を「原因」として、多くの「現象」が引き起こされる
って言うことなんだよな。
つまり、
良くない現象をどれだけ把握しようが、良い現象をどれだけ知っていようが、
本当の原因を、
それも、
良いことを実現するための原因を自分自身が意図的に実行できなくっちゃ
意味無いんだよ。
レッスンメディアの親切心=1対1の呼応で、一つ一つの『原因』をシンプルに写真の形で説明する。
ってことだよな。
これにすっかりやられちゃってるんだよな。
コーイチローはきっと親切心でやってるんだろうなぁーって信じてるけど、これが業種が異なれば訴訟にも
なりかねないことだよな。
因果関係が確立されていないのに、効能を書いちゃまずいもんな・・・・でしょ?
統計学的に言うと、原因、つまり因果関係を確立するって言うのは、すっごく大変なプロセスなんだよ。
ひとつの事象に対して、何万、何十万って言うサンプルを集めて、その中で A という要因と B という現象の
相関関係を調べて、その確率が極めて高くないと「因果関係があると考えられる」と
言うことさえもできないんだよな。
そうした意味じゃあ、コーイチローはバックグラウンドが科学者で、それも第2専門分野のひとつが統計学だから、A が B の原因だって言うのを、かなりの確からしさがないと言わないんだよな。
もちろん、「~理論」って言うことにしてもそうだよな。
デジタル大辞林
( http://dictionary.infoseek.ne.jp/word/%E7%90%86%E8%AB%96?dic=daijisen )
の「理論」の定義を調べてみると」・・・・
「個々の現象を法則的、統一的に説明できるように
筋道を立てて組み立てられた知識の体系。
また、実践に対応する純粋な論理的知識。」
「~を組み立てる」「~どおりにはいかない」
ってことなんだってさ。
素っ晴らしい定義だよね。
キーワードは・・・・
ある意味、全てだね。
強いて言えば・・・・
法則的かつ統一的
筋道
知識の体系
実践に対応する
かな。
第一に法則的かつ統一的ってことは、1対1の呼応じゃ理論って呼べないってことだよな。
そもそも、個々の現象を単に羅列していることを「理論」って呼ぶこと自体があり得ないってことだよな。
でも、問題はそんなことには留まらないってことなんだよ。
これまで多くのゴルファーが1対1の呼応、つまり、見開き2ページ1項目の写真に現れた形の
説明の羅列でゴルフを習得しようとしてきてるから、
自分自身がゴルフをどう捕らえ、どう発展させてゆくのか?
ってことに、あまりにも無頓着でいることなんだ。
レッスン書に忠実になればなるほど、上達しない、混沌とするということが起こるんだ。
そして、一つ一つの項目があまりにも単純明快でわかりやすいから、やけに覚えてるんだよな。
「上手く当たらなかった」=「ボールを良くみてなかった」
だから、ミスショットの後は、
「しっかりボールを見よう」
ってことになる。
まあ、これくらいは多くのゴルファーが覚えてられるからね。
では、どれだけのゴルファーが真剣に「ボールをよく見る」ことが
「上手く打つ」ことの「原因」になっているかを、
自分自身で検証したことがあるかどうかってこと。
つまり、「ボールを良くみることで上手く打てる」っていうレッスンが、
真に意義のあることかどうかを考えたことが無いってことなんだよね。
レッスン書にはそうした問題が山積なんだよね。
一つ一つの項目は、写真と写真に形として現れた現象の説明に終始してるから、
「なるほどぉー」って簡単に納得で来ちゃうんだよな。
犯罪じゃないかってなほどに分かりやすい。
あまりにもわかりやすく、あまりにも簡単に覚えられるから、
それが100にも、200にもになったとしても、
簡単に何かができるって気持ちになっちゃうんだよね、きっと。
それに、殆ど全てが時系列、つまり、事の起こる順番で説明されているから、
その順番で覚えることになっちゃう。
そして、一つ一つの項目は独立してるから、実行するときも独立性を保っちゃうんだよね。
グリップのV字は云々。
アドレスの時の方向の決め方、
足の向き、
加重の置き方、
各部分の角度、などなど。
目線はどうこうして
続く・・・・ってなもんだ。
で、実際の目的が何にあって、その目的を遂行するために何をするのか?
なんてことは気にもしない。
でも、レッスン書の表現方法は、本質を理解することに役立つか、
上達することに寄与するかなんてことは関係なく、
わかり易くて、覚えやすい。
だから、飛びつく。
でも、結果は出せない。
気がついてみると、ちゃんとやればやるほど、わけわかんなくなってくる。
それで、わけわかんなくなったことの問題解決も同じ知識体系(と呼べるかどうかも定かでないが・・・・
というか、明らかに知識体系ではないな・・・・)でやろうとするから、問題解決できない。
なぜなら、そもそもの『知識体系』に問題が存在するんだからね。
「見た目のわかりやすさ≠全体の高効率化」
だよな。
全体像をシンプルに、高効率化するための理論体系の実現が、簡単なんじゃないんだよな。
ゴルフを取り巻くさまざまな要素を最初に考察して、それらを過不足なく
「法則的、統一的に説明できるように筋道を立てて組み立てる」事ができないと
いけないんだよね。
さて、これまでのゴルフレッスン書の中で、こうした考え方を提供してきたものが果たしてあったかな?
コーイチローが知る限り、存在しないんだよね。
いくつかの理由が考えられるんだけど・・・・
1).知識そのものが欠如していること。
2).レッスン書の構成がほぼ確立されてしまっていることと、
3).その枠から離れる能力を持ったものが存在しないこと。
4).そもそも作り手が、レッスン書を教科書として考えていず、売れればいいと考えていること。
5).読み手が、何の疑問も感じず、鵜呑みにしてしまっていること。
多くの生徒さんが、「これまでの考えを全て捨て、新たな気持ちで望みます」って言って
レッスンに望んでくれるんだけど、どこかの形をちょこっと弄れば何かが大きく変わるって思っている自分が
これまでのレッスン書そのものだってことに気づいてないんだよね。
例えば、食生活を変えるとか、生活習慣を変えるって結構大変なことだよね。
ゴルフスウィングを変える、ゴルフそのものを変えるって言うことも、同じように大変なんだよ。
ゴルフだけが、特別じゃないんだよ。
人間の行動は脳が司ってるんだから、その脳の機能を考慮しないで何をやっても結果は引き出せないんだよね。
実際、ゴルフのスウィングの動きを正しいものにするって言うことの、テクニカルな部分はとってもシンプル。
シンプルって言うよりも、殆どのゴルファーにとっては、これまでゴルフで強要されてきた事に比べて、
明らかに人間らしく、殆どの人がすでに持っているパターンなんだよね。
なのに、多くのゴルファーがなかなか正しい動きを習得することができないんだよね。
原因は明らかにわかっているんだけどね。
頭ではわかっている、口では一からやり直すなんて言っていても、結局これまでの自分が
ゴルフとしてやってきた礎を捨てる、あるいは、自分にとってのゴルフの基準、
もっと言ってしまえば、上手く打てそうな
(本当にそれが上手く打つことに繋がっているのかどうかなんていう
客観的な検証はまったく関係なく)
気持ちを捨てることができないからなんだよね。
ということで、2012年は、単に打ち方を変えようなんて気持ちではなく、しっかりと考えをもう一度
整理して、それを自分自身がきちんとコントロールできるようになるために、何をどうやって作り上げて
行くことが大切なのかをちゃんとやろうよ。
やり方次第で、受け取り方次第で、「えーっ、こんなに簡単でいいの?」って感じるようなゴルフに
できるはずなんだよ。
何が必要で何が不必要(というか邪魔者)なのかをしっかりと把握して、必要なこと意外を考えたり
無意識に実行してしまう自分と戦うことが大切なんだよ。
ということで、2012年もコーイチローはそれを皆に対してきちんと提供して行くから、理解できないこと、
疑問に感じることをそのままほったらかしにしないで、質問してよね。
コーイチロー
判断基準
「判断基準」
久しぶりのBlogのアップデートで、いきなりの登場だよ。
「判断基準」が存在するためには、
「目的」が明確になってる必要があるって知ってた?
そりゃそーだよね。普通ならさ。
何かをしようって決めてないのに、何かをするって事自体が殆どないし、
あったとしても、その行動の結果を厳しく評価なんかしないよね。
でもね、多くのゴルファーがゴルフをするときは普通じゃない自分になっちゃってるって気づいてないんだよね。
多くのゴルファーが実際に自分自身が何を目的としてスウィングをしているのかを明確にしないまま、
スウィングをして、その結果を判断してるって事に気づいてないんだよ。
こうした現象を引き起こしてる原因のいの一番に挙げられるのが(これは、コーイチローの
考えだけどね)、「打ってみなくちゃ結果がわかんないから、打ってみちゃえ」って言うゴルファーの
一貫した態度によるものなんだな。
皆さんがすでにご存知の通り、そもそも、殆どのレッスンが
1).平らなところで
2).フルショットで
3).まっすぐ打ったときの
4).結果的に現れる
5).無作為な部分の無作為な時の形
の説明で成り立ってるんだよね。
(蛇足だけど、その情報を元に、どれだけ動きの説明をしたって、正しい情報にはなりえないんだよね。)
で、
部分Aの時間Aの形がこうで、
部分Bの時間Bの形がこうで、
部分Cの時間Cの形が・・・・
(もちろん、部分も時間ももちろん無作為だし、ゴルファーが何を思い出してスウィングかってことも無作為なんだよね)であれば、「結果的に良いショットになるはずだ」って信じ込んでスウィングをするわけだ。
神頼み的にね。
だから、打ってみないとわかんない。
だから打ってみちゃう。
でも、実際にはどのターゲットに向かって、どういう道のりでボールを運ぼうなんてことは決めてないから、
そもそもの目的が存在しない。
でも、なんとなく「上手く打てた」とか「失敗した」とかの判断をするんだよね。
そして、上手く打てたと判断したら、「出来た」って事になっちゃうんだよ。
そして、「失敗した」と判断したら、原因究明の迷路に迷い込むんだ。
でもさ、原因究明なんて出来るわけ無いんだよね。そもそも、何を意図的にやっているかを把握してないんだからさ。
そして、結局はこれまでに覚えたレッスン用語をこれまた無作為に思い出して、自分自身の粗捜しを始めて、
自信喪失を促し、やることを増やして、より複雑化をしてゆくことになるんだよね。
でも、多くの場合が、自分自身では一杯頭で考えて、思い出し、実行してるつもりでも、
実際には何も変わっちゃいないんだよね。
だって、結局のところはさ、何の役にも立たない「上手く打ちたい気持ち」に自分自身が乗っ取られちゃってるんだからさ。
そして、人間のコントロールのメカニズムとしては
「何も意図的にコントロール」していないにもかかわらず、
結果が出たと判断したときには、「出来た」って思っちゃうんだよね。
何も意図しないのに出来たってことになってるから、どんどん打って打ち方を覚えようなんてところに
向かっちゃうんだよね。
でも、気がついてみると、ゴルフのラウンドでどんどん打つなんて事に出会ったことが無い。
いつもいつも、ショットの間にそれなりの時間があって、一打で目的をある程度達成しなくちゃならない。
でも、練習では、そんなことは頭の隅にも存在しないで練習してるから、出来てもいないのに出来たことに
しちゃうんだ。
やっと入り口が見えて、
これからどんどん大切な要素を磨くべき時に、
殆どのゴルファーが「出来た」って判断しちゃうから、
それこそ、上達するわけが無い。
適応力が高まるわけが無い。
打ち方が至上の目的で、それが「わかった」つもりになった時点で、「出来た」って判断になっちゃうから、
折角芽生えたかもしれない正しい感覚を「出来た」物として、ほっぽりっぱなしにしちゃうんだ。
もったいない話だよな。
実際にはやるべきことはレッスン書に書いているように100も200も存在するわけではなくて、
より人間らしいコントロールを片手でも余るくらいの要素を、
常にある程度のレベルで実行するだけでいいのに、
実際には結果を引き出せていない、「上手く打てる感じ」に負けて、
正しいことを実行することが出来ていないんだよね。
打ち方=無作為な部分の無作為な時の形を無作為に模倣、羅列すること
を、一所懸命に実行することに執心してしまうがために、人間の人間らしい能力に封印をして、
単に打つことさえ難しくしてしまってるんだ。
他のスポーツでは、動いているボールでさえも打てるのに、
瞬時に対応することさえも可能なのに、
ボールも止まってるし、自分もその場でリハーサルまでしていいのに上手く出来ないって、
どう考えても人間として異常なのか、
方法論がまったくもってなってないか
のどっちかしか考えられないんだよな。
さて、あなたはどちら?
コーイチロー
久しぶりのBlogのアップデートで、いきなりの登場だよ。
「判断基準」が存在するためには、
「目的」が明確になってる必要があるって知ってた?
そりゃそーだよね。普通ならさ。
何かをしようって決めてないのに、何かをするって事自体が殆どないし、
あったとしても、その行動の結果を厳しく評価なんかしないよね。
でもね、多くのゴルファーがゴルフをするときは普通じゃない自分になっちゃってるって気づいてないんだよね。
多くのゴルファーが実際に自分自身が何を目的としてスウィングをしているのかを明確にしないまま、
スウィングをして、その結果を判断してるって事に気づいてないんだよ。
こうした現象を引き起こしてる原因のいの一番に挙げられるのが(これは、コーイチローの
考えだけどね)、「打ってみなくちゃ結果がわかんないから、打ってみちゃえ」って言うゴルファーの
一貫した態度によるものなんだな。
皆さんがすでにご存知の通り、そもそも、殆どのレッスンが
1).平らなところで
2).フルショットで
3).まっすぐ打ったときの
4).結果的に現れる
5).無作為な部分の無作為な時の形
の説明で成り立ってるんだよね。
(蛇足だけど、その情報を元に、どれだけ動きの説明をしたって、正しい情報にはなりえないんだよね。)
で、
部分Aの時間Aの形がこうで、
部分Bの時間Bの形がこうで、
部分Cの時間Cの形が・・・・
(もちろん、部分も時間ももちろん無作為だし、ゴルファーが何を思い出してスウィングかってことも無作為なんだよね)であれば、「結果的に良いショットになるはずだ」って信じ込んでスウィングをするわけだ。
神頼み的にね。
だから、打ってみないとわかんない。
だから打ってみちゃう。
でも、実際にはどのターゲットに向かって、どういう道のりでボールを運ぼうなんてことは決めてないから、
そもそもの目的が存在しない。
でも、なんとなく「上手く打てた」とか「失敗した」とかの判断をするんだよね。
そして、上手く打てたと判断したら、「出来た」って事になっちゃうんだよ。
そして、「失敗した」と判断したら、原因究明の迷路に迷い込むんだ。
でもさ、原因究明なんて出来るわけ無いんだよね。そもそも、何を意図的にやっているかを把握してないんだからさ。
そして、結局はこれまでに覚えたレッスン用語をこれまた無作為に思い出して、自分自身の粗捜しを始めて、
自信喪失を促し、やることを増やして、より複雑化をしてゆくことになるんだよね。
でも、多くの場合が、自分自身では一杯頭で考えて、思い出し、実行してるつもりでも、
実際には何も変わっちゃいないんだよね。
だって、結局のところはさ、何の役にも立たない「上手く打ちたい気持ち」に自分自身が乗っ取られちゃってるんだからさ。
そして、人間のコントロールのメカニズムとしては
「何も意図的にコントロール」していないにもかかわらず、
結果が出たと判断したときには、「出来た」って思っちゃうんだよね。
何も意図しないのに出来たってことになってるから、どんどん打って打ち方を覚えようなんてところに
向かっちゃうんだよね。
でも、気がついてみると、ゴルフのラウンドでどんどん打つなんて事に出会ったことが無い。
いつもいつも、ショットの間にそれなりの時間があって、一打で目的をある程度達成しなくちゃならない。
でも、練習では、そんなことは頭の隅にも存在しないで練習してるから、出来てもいないのに出来たことに
しちゃうんだ。
やっと入り口が見えて、
これからどんどん大切な要素を磨くべき時に、
殆どのゴルファーが「出来た」って判断しちゃうから、
それこそ、上達するわけが無い。
適応力が高まるわけが無い。
打ち方が至上の目的で、それが「わかった」つもりになった時点で、「出来た」って判断になっちゃうから、
折角芽生えたかもしれない正しい感覚を「出来た」物として、ほっぽりっぱなしにしちゃうんだ。
もったいない話だよな。
実際にはやるべきことはレッスン書に書いているように100も200も存在するわけではなくて、
より人間らしいコントロールを片手でも余るくらいの要素を、
常にある程度のレベルで実行するだけでいいのに、
実際には結果を引き出せていない、「上手く打てる感じ」に負けて、
正しいことを実行することが出来ていないんだよね。
打ち方=無作為な部分の無作為な時の形を無作為に模倣、羅列すること
を、一所懸命に実行することに執心してしまうがために、人間の人間らしい能力に封印をして、
単に打つことさえ難しくしてしまってるんだ。
他のスポーツでは、動いているボールでさえも打てるのに、
瞬時に対応することさえも可能なのに、
ボールも止まってるし、自分もその場でリハーサルまでしていいのに上手く出来ないって、
どう考えても人間として異常なのか、
方法論がまったくもってなってないか
のどっちかしか考えられないんだよな。
さて、あなたはどちら?
コーイチロー
ヘッドアップ&重心
お久しぶりです。
ちょっと、怠けちゃいました。
ナルキッソスさん(が呑んでいる時に「フッ」と湧いた)の疑問・・・・について。
ヘッドアップって何?
重心って?
これ、新しいトピックに採用!!
ナルキッソスさんが皆さんに質問してるのに、あまり返答が無いなぁ~ 残念。
レッスンをやっていても、コーイチローはヘッドアップするなとも、重心移動が大切なんて
一度も言ったことがないのに、しばしば生徒さんの口からは飛び出すこの2つの言葉。
とても密接な関係があるような気がしない?
ということで、コーイチローから改めて皆さんに質問するよ!!
ヘッドアップって何?
重心(移動)って?
これって、考える価値アリ。
頭を悩ませて、なんとなく信じてるこの2つが何を意味するのかコメントしてね。
もちろん、コーイチローはこれがなんだか知ってるよ。
だから、皆が自分なりの意見(コーイチローの意見じゃないよ!!自分の意見だよ)を
出してくれた所で、コーイチローの意見を出すよ。
それに対して意義あり!!だったら、またコメントをしてよ。
鵜呑みはダメだからね。
じゃあ、待ってるよ。
コーイチロー
ちょっと、怠けちゃいました。
ナルキッソスさん(が呑んでいる時に「フッ」と湧いた)の疑問・・・・について。
ヘッドアップって何?
重心って?
これ、新しいトピックに採用!!
ナルキッソスさんが皆さんに質問してるのに、あまり返答が無いなぁ~ 残念。
レッスンをやっていても、コーイチローはヘッドアップするなとも、重心移動が大切なんて
一度も言ったことがないのに、しばしば生徒さんの口からは飛び出すこの2つの言葉。
とても密接な関係があるような気がしない?
ということで、コーイチローから改めて皆さんに質問するよ!!
ヘッドアップって何?
重心(移動)って?
これって、考える価値アリ。
頭を悩ませて、なんとなく信じてるこの2つが何を意味するのかコメントしてね。
もちろん、コーイチローはこれがなんだか知ってるよ。
だから、皆が自分なりの意見(コーイチローの意見じゃないよ!!自分の意見だよ)を
出してくれた所で、コーイチローの意見を出すよ。
それに対して意義あり!!だったら、またコメントをしてよ。
鵜呑みはダメだからね。
じゃあ、待ってるよ。
コーイチロー
コーイチロー、怒る!!
こんにちはコーイチローです。
どうもBlogを開くとTPPの話が最初に出てくるっていうのは違和感があるよなぁ
って思って、もう一つつぶやきを書くよ。
これは結構コーイチローが直面するレッスンでの風景
普通のゴルファーにしても、不幸にも形ばっかりに拘る既存のレッスンの
餌食となってイップスになってしまったゴルファーにとっても耳の痛い話かも・・・・?
まあ、レッスンを受けようって思うことは、実際に
自分自身の現在のパフォーマンスに納得が行かなくって、
ステップアップなり、再構築をしよう
って気概を持っていらっしゃるんだと思うんだけど。
その気概はいいことだと思うよ。
それに関しては冷静だからね。
そして、結構異口同音に
これまでの自分を捨てて一からやり直しまぁ~す!!
(どっかで聞いたこと有るでしょ?)っておっしゃる方も少なくない。
言うは易し、行うは難し
或るゴルファーの場合、とりたてて特定の個人のことを言っているわけではないのですが、
私の中ではもちろん走馬灯の様に様々な人が言ったこと、やったことがめぐりめぐってるのは
間違いない。
動きにしても考え方にしても、とっても問題のある人のレッスンをしている時。
いつものように、コーイチローは
根本的な問題を見つけるべく、動きを観察する。
そして、
根本的な解決法を頭の中で構築し、
どう考え、どういう意識で何をするかを指摘する。
そして、その人も、それに従って
(進んでやろとしてるのか、コーイチローが真ん前に居るから
仕方なしに、或いは、言われるからやってるのかは定かじゃないけどね・・・・)
実際に動きを実行してくれる。
正しい動きを正しく捉え正しく実行するって言う道筋を作るために、
もちろん最初はある程度弱い力で、制限のある動きの中で実行してもらう。
当然、本人も自分自身が指摘されたことを感じ、動きながらでも把握できる範囲で
実行してくれてる。
そうすると、きっとその人が考えてもみなかったような弱い力で、大きな力を作り出し、
結果的に自分が使っている力に比べて明らかに良い球筋と大きな飛距離を作り出すことに成功する。
そりゃ、もちろん、効率の良い動きを(コーイチローに言われたからには違いないんだけど)
自分自身が意図的に創りだしたんだからアタリマエ
のことなんだよね。
知っている人は知ってると思うけど、コーイチローのレッスンは、単にある部分の形がこう悪いから
こうしろなんて稚拙なことは言わない。
こうこうこうだから、こういう意識で、こういう力をこうやって創りだそうみたいな
(う~ん、ちょっと分かりづらいなぁ。まっ、いいか)
実際に正しい動きを自分自身が意図的に作り出せる方法論を伝えるじゃない!?
そう、つまり、たまたま打てたことを出来たとするのではなく、本人が何を考え、何を意識し、
何を感じ、どんなふうに実行すると、結果的に正しい結果を引き出せるのかを伝えてるんだよね。
だから、指摘したとおりにやってくれさえすれば、結果は出るんだよ。
それも、客観的に見れば間違いなくこれまでよりも、小さな力で大きな結果をもたらすことが出来るんだ。
なのに、
「今のだと、バックスウィングがここまでしか
上がってないんだけどいいんですか?」
「今のじゃ肩が回ってないじゃないですか?」
「フィニッシュまでクラブが行ってないのでダメですよね?」
なんじゃそりゃ?
細かい部分の形も、
角度も、
どうしなきゃいけないも
こうしなきゃいけないも
ほとんど取り払って、
目的に極めて近いことだけを考え、
イメージして
良いショット打ててんじゃないか?
なんじゃそりゃ?
だよな・・・・絶句、そして・・・・頭に血が上るぅ
なのに、バックスウィングが上がってないからダメだぁ~?
本当に
なんじゃそりゃ?
だよな・・・・絶句、そして・・・・頭に血が上るぅ
そもそも、本当にバックスウィングが結果的に上がってないのかどうかなんてことは本人にはわかってない。
そもそも、肩が回ってるかどうかなんて本人に分かるはずがない。
そもそも、フィニッシュがどこまで行ってるかなんて感じられるわけがない。
なぜなら、コーイチローがそんな無駄なことを考える状態にならないように、
意図的に、正しいことを正しくコントロールすることに意識を使えるように指示を出しているんだからな。
なのに、
今のだと、バックスウィング
がここまでしか上がってないんだけどいいんですか?
今のじゃ肩が回ってないじゃないですか?
フィニッシュまでクラブが行ってないのでダメですよね?
なんじゃそりゃ?
悲しい事言わないでよ・・・・
少なくとも、何の説明もなく一部分の形をこうしろってことがティーチングみたいなことはやってないぜ!!
ちゃんと話を聞けば分かるはずだよな。
目的は、
トップの形を作ること?そして、それを確認することなのかい?
目的は
肩を回して、自分で「おぉー、肩が回ってるな!!」って自己満足することなの?
目的は、
フィニッシュの形を作ってそれを自分自身が満足気に感じること?
それとも、目標に向けて、意図するショットを作り出すこと?
どれなんだよ?
それこそ、目的なしに動いているから、或いは、全く実際の目的とは関係ないことを目的に
動いているから結果が出なかったり、スウィングが途中で止まっちゃったりしてるんじゃないか?
それを実際問題として大きく改善できてるのに、トップが上がってないだぁ~?
な ん じ ゃ そ り ゃ
コーイチローのつぶやきでした
さて、「なんじゃそりゃ」って何回書いたでしょう?
どうもBlogを開くとTPPの話が最初に出てくるっていうのは違和感があるよなぁ
って思って、もう一つつぶやきを書くよ。
これは結構コーイチローが直面するレッスンでの風景
普通のゴルファーにしても、不幸にも形ばっかりに拘る既存のレッスンの
餌食となってイップスになってしまったゴルファーにとっても耳の痛い話かも・・・・?
まあ、レッスンを受けようって思うことは、実際に
自分自身の現在のパフォーマンスに納得が行かなくって、
ステップアップなり、再構築をしよう
って気概を持っていらっしゃるんだと思うんだけど。
その気概はいいことだと思うよ。
それに関しては冷静だからね。
そして、結構異口同音に
これまでの自分を捨てて一からやり直しまぁ~す!!
(どっかで聞いたこと有るでしょ?)っておっしゃる方も少なくない。
言うは易し、行うは難し
或るゴルファーの場合、とりたてて特定の個人のことを言っているわけではないのですが、
私の中ではもちろん走馬灯の様に様々な人が言ったこと、やったことがめぐりめぐってるのは
間違いない。
動きにしても考え方にしても、とっても問題のある人のレッスンをしている時。
いつものように、コーイチローは
根本的な問題を見つけるべく、動きを観察する。
そして、
根本的な解決法を頭の中で構築し、
どう考え、どういう意識で何をするかを指摘する。
そして、その人も、それに従って
(進んでやろとしてるのか、コーイチローが真ん前に居るから
仕方なしに、或いは、言われるからやってるのかは定かじゃないけどね・・・・)
実際に動きを実行してくれる。
正しい動きを正しく捉え正しく実行するって言う道筋を作るために、
もちろん最初はある程度弱い力で、制限のある動きの中で実行してもらう。
当然、本人も自分自身が指摘されたことを感じ、動きながらでも把握できる範囲で
実行してくれてる。
そうすると、きっとその人が考えてもみなかったような弱い力で、大きな力を作り出し、
結果的に自分が使っている力に比べて明らかに良い球筋と大きな飛距離を作り出すことに成功する。
そりゃ、もちろん、効率の良い動きを(コーイチローに言われたからには違いないんだけど)
自分自身が意図的に創りだしたんだからアタリマエ
のことなんだよね。
知っている人は知ってると思うけど、コーイチローのレッスンは、単にある部分の形がこう悪いから
こうしろなんて稚拙なことは言わない。
こうこうこうだから、こういう意識で、こういう力をこうやって創りだそうみたいな
(う~ん、ちょっと分かりづらいなぁ。まっ、いいか)
実際に正しい動きを自分自身が意図的に作り出せる方法論を伝えるじゃない!?
そう、つまり、たまたま打てたことを出来たとするのではなく、本人が何を考え、何を意識し、
何を感じ、どんなふうに実行すると、結果的に正しい結果を引き出せるのかを伝えてるんだよね。
だから、指摘したとおりにやってくれさえすれば、結果は出るんだよ。
それも、客観的に見れば間違いなくこれまでよりも、小さな力で大きな結果をもたらすことが出来るんだ。
なのに、
「今のだと、バックスウィングがここまでしか
上がってないんだけどいいんですか?」
「今のじゃ肩が回ってないじゃないですか?」
「フィニッシュまでクラブが行ってないのでダメですよね?」
なんじゃそりゃ?
細かい部分の形も、
角度も、
どうしなきゃいけないも
こうしなきゃいけないも
ほとんど取り払って、
目的に極めて近いことだけを考え、
イメージして
良いショット打ててんじゃないか?
なんじゃそりゃ?
だよな・・・・絶句、そして・・・・頭に血が上るぅ
なのに、バックスウィングが上がってないからダメだぁ~?
本当に
なんじゃそりゃ?
だよな・・・・絶句、そして・・・・頭に血が上るぅ
そもそも、本当にバックスウィングが結果的に上がってないのかどうかなんてことは本人にはわかってない。
そもそも、肩が回ってるかどうかなんて本人に分かるはずがない。
そもそも、フィニッシュがどこまで行ってるかなんて感じられるわけがない。
なぜなら、コーイチローがそんな無駄なことを考える状態にならないように、
意図的に、正しいことを正しくコントロールすることに意識を使えるように指示を出しているんだからな。
なのに、
今のだと、バックスウィング
がここまでしか上がってないんだけどいいんですか?
今のじゃ肩が回ってないじゃないですか?
フィニッシュまでクラブが行ってないのでダメですよね?
なんじゃそりゃ?
悲しい事言わないでよ・・・・
少なくとも、何の説明もなく一部分の形をこうしろってことがティーチングみたいなことはやってないぜ!!
ちゃんと話を聞けば分かるはずだよな。
目的は、
トップの形を作ること?そして、それを確認することなのかい?
目的は
肩を回して、自分で「おぉー、肩が回ってるな!!」って自己満足することなの?
目的は、
フィニッシュの形を作ってそれを自分自身が満足気に感じること?
それとも、目標に向けて、意図するショットを作り出すこと?
どれなんだよ?
それこそ、目的なしに動いているから、或いは、全く実際の目的とは関係ないことを目的に
動いているから結果が出なかったり、スウィングが途中で止まっちゃったりしてるんじゃないか?
それを実際問題として大きく改善できてるのに、トップが上がってないだぁ~?
な ん じ ゃ そ り ゃ
コーイチローのつぶやきでした
さて、「なんじゃそりゃ」って何回書いたでしょう?
TPP?
コーイチローです。
ゴルフとは全然関係ないけど、日本人で長いことアメリカにも居住して、
今も家族がアメリカに居住してるんだけど、やっぱり日本人だから日本が好きなんだけど・・・・
あと2週間くらいに切羽詰まってるAPECでのTPP論議への日本の参加の是非。
京大の(元官僚)中野剛志氏が歯に衣着せぬ論説を展開してるよ。
かなり頭の回転良さそう。
そして若気の至りで突っ走ってるけど、とても日本人に必要そうなタイプ。
政治的なことではなくて、日本人として日本が大事と思っている人は見てみてください。
評価は自分自身がするものだと思うから。
TPP 中野剛志
何が本当で何が嘘なのかを決めるのはコーイチローじゃないけど、
ある意味、通常のメディアで伝えられているTPPとは、かなり異なるもののようだよな。
TPPの前に米韓FTAが締結されたけど、その内容と照らし合わせると、TPPも
どーも、広く伝えられていることとはだいぶ違うことらしいぞ!!
まあ、日本人として、見て欲しいです。
その後の判断は人それぞれだとは思うけど・・・・
コーイチローはなんだかんだ言っても日本が好きだからね。
コーイチロー
ゴルフとは全然関係ないけど、日本人で長いことアメリカにも居住して、
今も家族がアメリカに居住してるんだけど、やっぱり日本人だから日本が好きなんだけど・・・・
あと2週間くらいに切羽詰まってるAPECでのTPP論議への日本の参加の是非。
京大の(元官僚)中野剛志氏が歯に衣着せぬ論説を展開してるよ。
かなり頭の回転良さそう。
そして若気の至りで突っ走ってるけど、とても日本人に必要そうなタイプ。
政治的なことではなくて、日本人として日本が大事と思っている人は見てみてください。
評価は自分自身がするものだと思うから。
TPP 中野剛志
何が本当で何が嘘なのかを決めるのはコーイチローじゃないけど、
ある意味、通常のメディアで伝えられているTPPとは、かなり異なるもののようだよな。
TPPの前に米韓FTAが締結されたけど、その内容と照らし合わせると、TPPも
どーも、広く伝えられていることとはだいぶ違うことらしいぞ!!
まあ、日本人として、見て欲しいです。
その後の判断は人それぞれだとは思うけど・・・・
コーイチローはなんだかんだ言っても日本が好きだからね。
コーイチロー





